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4 消えやすいにもほどがある(2)

「なんでだよ?」
 征二郎の叫び声が、廊下に響きわたった。
「あと少しだったのに……逃げられたってのか?」
「いや、それは考えにくいな」
 圭一郎が慎重に口を開く。
「そこまで知恵を持ってるタイプじゃないと思う」
「じゃあなんで消えたんだ?」
「それは……」
 圭一郎は言いよどむ。気配の消え方がそれまでとまったく同じだったので、逃げたようには感じられなかったのだが、ではなぜ、と問われると解が見つからない。
「……出現条件が合わなくなったんじゃないかな」
「どんな?」
 当然の問いに、圭一郎は再び言葉をつまらせる。この妖魔の出現条件はなんなのだろう。
 安原の授業、というだけではない。生徒に危害を加えることなく妖魔を呼び出せればと思い、職員室から安原の授業を撮影したビデオテープを借りて空き教室で流してみたが、妖魔は現れなかった。授業が始まってから出現するまでに時間がかかるのも、疑問といえば疑問である。
(なにか見落としてることはないだろうか)
 実際に被害者が出ている以上、一刻も早く事態を解決したい。なにより、校内で妖魔の気配がしたりしなかったり、中途半端で気持ち悪い。
 これまでの出方を、圭一郎は頭の中で整理しようとした。妖魔が消えるまでの気配を思い起こし、なぜ授業が終わると妖魔が消えるのかを考えようとして、彼はふと思い当たる。
(そうだ、あの時……)
 二度目に気配を感じた時、授業の終了を知らせるチャイムよりも早くに妖魔は消えていた。あの時教室で何が起こっていたのだろうか。
 圭一郎はふと思いついて尋ねる。
「征二郎、この間の安原先生の時間、授業が終わる前に起きたって言ってたよね?」
「え? あー、確かそう。起きてすぐチャイムが鳴ったから覚えてる」
「起きた時、先生がしゃべってたかどうかは?」
 ひとつの仮説を思い浮かべつつ、圭一郎は尋ねてみる。数日前のことだし、寝起きの征二郎がどこまで覚えているのかはわからなかったが、確認しておきたいことがあったのだ。
「しゃべってなかった」
 案に相違して、征二郎は即答する。
「確かか?」
「滝護宏が質問してる声が聞こえた。先生がどうしてたかは見てなかったけど、授業しながら質問は受けられねえだろ?」
「なるほどね」
 圭一郎はうなずきながら、慎重に思考を重ねる。
「どうかしたのか?」
「先生がしゃべってる最中にしか出てこない、そう考えたら説明はつくな、ってこと」
 ならば、退治の最中も授業を続けてもらえばいい。
 かなり無理のある要求ではあるが、安原が話をやめると妖魔が消えてしまうのであれば、試してみない手はなかろう。
「征二郎、次に先生の授業があるのは?」
「えーと」
 征二郎は安原の授業時間を記したメモを取り出した。
「月曜の二時間目。二年A組だってさ」
「おまえのクラスじゃん」
 反射的につっこみを入れながら、ふと圭一郎は思う。
(妖魔がいるのを知ってて悠然と質問なんかするって……あいつ、なにを考えてるんだ?)

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