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第三話 オブジェは校舎を埋め尽くす

2 埋もれる学校

 その日は中間試験の最終日だった。
 登校してきた生徒たちは、学校の様子が普段とは異なっていることに気づいて当惑する。
 グラウンドから教室の中にいたるまで、そこかしこに奇妙な置物があった。置物の形は旗や動物や人など様々だが、その数は尋常ではない。教室によっては、人が入れないほどに置物がぎっしりと詰め込まれたところもある。
「誰だよこんなもの置いたのは」
「どこに片づけたらいいの?」
 そんな会話をかわす生徒たちの耳に、校内放送が聞こえてきた。
「あー、全校生徒に告ぐ」
 声は三年生の学年主任を務める教師のものだった。
「校内に妙なオブジェが多数ある。特に危害はないが、妖魔なので触らないように」
 一瞬の沈黙の後、校内に悲鳴が響きわたった。
 騒然となった校内に、放送が続く。
「気にしなければ問題はないので、試験は予定通り行う。ただし、次のクラスは別教室に移動する。三年B組、C組、二年B組、一年D組。以上のクラスの生徒は教室前の廊下で待機し、担任の指示に従うように。以上」
 放送が終了しても、騒ぎはおさまる気配を見せない。教室でも廊下でも、生徒たちが口々に妖魔が出現したことへの驚きや、試験を予定通り実行しようという教師への不満を語り合っている。
 その騒がしい廊下を、圭一郎は足早に歩いていた。廊下にも立ち並ぶ妖魔の「オブジェ」をすり抜け、生徒会室の前で立ち止まる。
 ドアを開けて最初に目に入ったのは、巨大な校章だった。
「ここにも出てたか……」
 圭一郎はつぶやく。その声を聞いて、机を囲んで会議を開いていた数人が振り返った。
「圭一郎」
 口を開いた背の高い男子生徒は現在の生徒会長、二年B組の貴志渉(きし わたる)である。
「放送聞いた。試験、結局やるんだな」
「うん」
 圭一郎はうなずく。
「とにかく試験を終わらせてから対策を考えたいらしいよ」
「といっても、結局退治できるのは君たちだけなんだよな」
「正確には征二郎が、だけどね」
 圭一郎はため息をつく。動かないとはいえ、これだけの妖魔を退治すると思うと気が遠くなる。実際に剣を振るうのは征二郎だが、退治が完了するまでに何度宝珠を剣に変えなければならないのか、見当もつかない。
 校内に増えていく妖魔の気配を感じたのは、今朝早くのことだ。すぐに担任の教師と貴志に連絡し、対応を考えるために臨時生徒会を開くことにしてもらった。試験期間中だというのに、朝からあわただしい。
「今、役員総出で事態の把握につとめている。なんとか退治の手間が省ければいいんだが……」
 貴志がそう言いかけた時、扉が開いて副会長が入ってきた。
「会長。増えてます」
「……」
 生徒会役員一同は顔を見合わせる。これ以上まだ増えるというのだろうか。
 副会長は黒板に歩み寄り、各クラスのクラス委員から聴取してきたオブジェの数を書き出していく。それを見ながら貴志が圭一郎に尋ねる。
「増えていく気配とかはわかるのか?」
「一応ね。けど、数とか場所なんかは、もう何がなんだかわからないよ……」
 どこもかしこも妖魔の気配に満ちている。数が多少増えたからといって、もはや感じ取れる状態ではない。
「そうだよな……」
 貴志も思わず言葉を失う。そして、話題をそらすかのように黒板を指した。
「クラスによって数にかなり差があるんだが、なにかあるのか?」
「そうだな」
 圭一郎はしばらく黒板をにらむ。妖魔のタイプは出没・徘徊型で、珍しいものではなかったが、これほど大量発生した記録を見たことはない。
「なにか……妖魔を引き寄せるものがあるんだと思う。たぶん、たくさん出てる教室のどこかに」
「原因を探せば、増えるのを止められる?」
「うん。音を出すものじゃないかと思う」
 特定の周波数の音に引き寄せられる妖魔のデータを見たことがある。数値は忘れたが、データベースにはその周波数も記録されていたはずだ。
 圭一郎はチョークを手に取り、黒板に書き出されたクラス名から妖魔が多く出ているところを選んで丸をつける。
「三年B組とC組は隣り合ってる。一年D組はたしかその真上だったし、二年B組は三年B組のすぐ下だったはずだ。一番怪しいのはここだな」
 圭一郎は黒板の「三年B組」の文字をぐるぐると円で囲む。
「でも音がするのなら、誰か気がついてるんじゃないか?」
「小さい音か、それとも超音波じゃないかな」
「そうか……」
 貴志はしばらく考え込み、やがて役員に指示を出す。
「三年B組で不審物がないか探してきてくれ。音を出しそうなものを徹底的に調べること」
「会長」 
 生徒会室を出て行きかけていた役員がふと振り向いた。
「三Bって探しようもないぐらいにオブジェで埋まってたんですが……」
「……」
 貴志が圭一郎の顔を見る。圭一郎が指示した。
「ほうきででも隅っこに寄せていいよ。人手が足りなかったら三Bの人に協力してもらって」
「じゃ、それで頼む」
「はい」
 駆けていく数人を見送りながら、見回りから戻って来たばかりの副会長がつぶやいた。
「築地だな」
「なんだ?」
 謎めいた言葉に、貴志がつっこみを入れる。
「三Bのオブジェって、確か魚なんですよ。だから積み上げると市場みたいかな、なんて」
「……」
 生徒会室に残っていた誰もが、その光景を思い浮かべた。
「……おいしいのかな」
「あんまり新鮮じゃないかもよ?」
「何の魚かが気になる」
「いっそ売ってみる?」
 役員たちの会話がかなりくだらないものになっている様子を見て、貴志は小さくため息をつく。
「みんな、疲れてるな」
「しかたないよ」
 圭一郎はそう応じる。試験中だというのに朝から召集され、妙なオブジェで埋め尽くされた校内を駆け回っていたのでは、こんな会話に逃避するのも無理はない。
「……あ」
 圭一郎が声をあげた。
「どうした?」
「なんだか……増えるのが止まったような気がする」
 どこもかしこも妖魔のオブジェに覆われていて、とても気配から数を確認することなどできないが、これまで感じていた、ひたひたと妖魔が押し寄せてくるような気配が、不意に止まったのがわかる。
「なにか見つかったのか?」
 貴志が扉の方を見やった時、ちょうど扉が開いた。
「会長、それっぽいのがありました」
 三年B組に行っていた役員が、手にプラスチック製の小さな箱のようなものを持っている。生徒会室に残っていた一同がのぞきこんだ。
「これ、なに?」
「たぶん、超音波で蚊とかダニとか追い払う奴だ」
「スイッチ、最初から切れてたのか?」
「いえ、入ってたんで切ったんです」
 圭一郎は貴志に向かってうなずいてみせた。妖魔の増える気配はもう感じられない。
「ビンゴだな。じゃあ、みんな一度教室に戻ってくれ。あとのことは試験が済んでからにしよう」
 貴志が指示を出し、生徒会役員はそれぞれの教室に戻り始める。
 始業の時間まで、あと数分に迫っていた。

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