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第四話 鈴の退魔師

2 高校生退魔師の気苦労(上)

「意外と早く終わったよな」
 駅前広場から出て大通りをぶらぶらと歩きながら、征二郎が伸びをした。訓練も終わり、駅前の人の流れは徐々に平常に戻りつつある。
「リンリンさんの方はどうだったのかな」
「まだ始まってないんじゃなかった? 俺らと時間ずれてただろ?」
「そうだったね」
 圭一郎は携帯電話の画面で時刻を確認した。妖魔の出現を想定した訓練は、市内数カ所で行われている。美鈴凜は市役所前広場での訓練に参加しているはずだ。
 ふと、圭一郎は思いつく。
「せっかくだから、見に行ってみようよ」
「そうだな。リンリンさんが退治するところって、あんまり見てないもんな」
「いや、今日も退治はしないんだけど」
 軽いつっこみを入れながら、圭一郎は少しだけ足を速めた。市役所は駅から歩いて五分ほどの場所にある。大通りをこのまままっすぐ歩いていけばよい。
 ほどなくして、二人の視界に市役所の庁舎が見えてくる。手前の広場には、駅前ほどではないが人だかりができていた。
「はいはい、そこかたまらなーい。妖魔出てますよー」
 例のロゴの作業服を着た市の職員が、ロープを張って見物人を整理している。その声の合間に、すずやかな音が響き渡った。
 鈴の音。
 広場の中央、噴水の前に制服姿の少女が立っていた。長くつややかな黒髪と、整ってはいるがどこか厳しさを感じさせる色白の顔立ちが目を引く。
 美鈴凜である。
 凜は妖魔役の職員を前に、手に持った一対の鈴を二度三度と打ち鳴らす。その音色は透き通っていて、彼女を中心に空気が清められていくようにさえ感じられる。実際、この音が妖魔を祓い、退治していくのだ。
「あのさー」
 征二郎が空気の読めない声を出した。
「なんだよ」
「この間のオブジェ騒動の時、リンリンさんに来てもらったらよかったんじゃないか?」
「……」
 圭一郎は言葉を失う。
 気がつかなかった。
 たしかに凜の鈴であれば、妖魔をまとめて退治してしまうことができる。数千体に及ぶ妖魔を征二郎が一体ずつ斬っていった苦労は、いったいなんだったのだろうか。
「……そうかも」
 そう言うのがやっとだった。
 退治した妖魔の数を競っているわけではない。あれだけの量の妖魔に対しては他の退魔師に協力を仰ぐ方が、早くに事態を収拾できる。彼らの学校で発生した事件とはいえ、凜も同じ市内の高校に通う身だ。理由を話せば協力してくれただろう。
 だがあの時、そんなことは思いつきもしなかった。
(だめだな僕は)
 圭一郎はため息をつく。
(あれこれ考えていたはずなのに、肝心なところが抜けているなんて)
 そのせいで自分はともかく、征二郎をさんざん働かせてしまったのだと思うと、自分の迂闊さ加減に腹が立つ。
「なにへこんでるんだよ」
「! だってさ……」
「いーじゃん。なんとかなったんだし」
 話を切り出した征二郎の方は、実際にはほとんど気にしていないようだった。いつもの能天気な声で続ける。
「今度ああなったら呼べばいいだけのことだろ?」
「今度って……」
 あんなのは二度とごめんだ。そう言いかけたが、圭一郎は思い直して黙り込んだ。
 妖魔を呼ぶ方法がネットで出回っている。いつまた騒動が起こらないとも限らない。それに最近は、妖魔の数も出現頻度も増してきている。ごめんだなどとは言っていられないのだ。
「……そうだな」
 それだけ答えて、圭一郎は噴水の方に目をやる。訓練が済んだらしく、凜が鈴をしまい込んだところだった。
 圭一郎の視線に気づいたのか、凜が顔を上げた。圭一郎と目が合うと、かるく手を上げてみせる。
 二人が近づいていくと、凜が先に口を開いた。
「もう帰る?」
「あ、まあ 」
 この後のことなど特に考えていなかったので、圭一郎は曖昧に答える。それを肯定と受け取ったのか、凜は続けた。
「じゃあ書庫を開けてくれる? 読みたいものがあるの」
「いいですよ」
 圭一郎は快諾する。宝珠家の敷地内にある書庫には、代々伝わる古文書が多数眠っている。他では見ることのできない貴重なものもあるという。扉を開けることが許されているのは宝珠家の中でも当主をはじめとする限られた人間だけなのだが、二人はあまり中を見たことがない。むしろ時折利用している凜の方が、書庫の中についてはよく知っている。
「あ、ちょうどバス来たぜ」
 征二郎がいち早く気づき、三人はバスに乗り込んだ。

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