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第四話 鈴の退魔師

2 高校生退魔師の気苦労(中)

 宝珠家は市の中心部からバスで十五分ほど上った丘陵地帯にある。バスを降り、三人は圭一郎と征二郎の住む分家ではなく、少し離れた本家に向かった。
 古くがっしりとした木造の門をくぐった時。
「凜ちゃん!」
 やけになれなれしい声が、凜にかけられる。
 流だった。これから出かけるところだったらしく、こざっぱりとしたブランドもののジャケットに身を包んでいる。
「どうしたんだい? 僕に会いに来てくれたの?」
「ううん!」
 にこやかに、だがきっぱりと凜は否定する。
「書庫を見せてもらうだけ」
「そうかあ。ま、僕もこれからサークルのコンパなんだけどね」
 さらりと長めの茶髪をかきあげ、流は笑ってみせる。
 彼は黎明館大学経済学部の三年生だが、いつもサークルとかコンパとかいった話しかしない。大学がそんなに遊んでばかりいられるところなのか、高校生の圭一郎にはよくわかっていないが、流の場合はさすがに遊び過ぎなのではないかという気がしている。
「そうだ。凜ちゃん、僕の大学受けるんだろ?」
「明後日、推薦入試があるの」
「じゃあ、来年から同じキャンパスで一緒に過ごせるんだね」
「学部、違うから」
 流と凜の会話に、圭一郎はふき出しそうになる。
 まるでかみ合っていない。
 流はどうも、凜が自分を好きだと思い込んでいるらしい。とはいえ、流の場合はすべてを自分の都合のよいように解釈したがる癖があるから、実際には流が凜を好きなのかも知れない。
 一方凜は、流の言葉を軽く受け流す。流とつき合うつもりなどまったくないと、言葉の端々で表現しているようだ。だが流はそれに気づいていない。
「今度いろいろ案内してあげるよ。じゃあね」
 さわやかな、かつ場違いな笑みを残して、流は門を出て行く。
 笑いをこらえて見送っていた圭一郎が、ふと会話に出てきた言葉に気づいた。
「試験、明後日なんですか?」
「うん」
 あっさりと答えた凜に、二人は驚く。
「入試ってこんな時期だったんだ」
「推薦だってば」
 征二郎に几帳面につっこみを入れてから、圭一郎は凜に尋ねる。
「大丈夫なんですか? 試験前なのに」
「直前だからってあわててもしょうがないでしょ? それに面接だけだからね」
「へえ、なんか楽勝って感じっすね」
「おまえは真似しないように」
「なんだよー」
 凜よりも一学年下の二人は、来年受験生となる。黎明館大学への内部進学の道もあるが、理系の征二郎が志望する学部――今のところはまだ、なんとなくいいなあと思っている程度なのだが――は黎明館にはない。外部の大学の推薦入試を突破するには、征二郎のふだんの成績はいささか心もとない。いずれにせよ、征二郎の受験に「楽勝」という状況はありそうになかった。
 征二郎の抗議の声を受け流し、圭一郎はさらに尋ねてみる。
「でも先輩、国立狙ってませんでしたっけ」
「狙ってたってほどじゃないわ。それに、さっさと受験勉強終わらせたいし」
「と言うと?」
「気になってると、妖魔退治しにくいじゃない」
 当然だと言わんばかりの口調だ。凜にとっては、退魔師の仕事が何よりも優先すべきことなのだと、圭一郎は思う。
「あんたたちだって他人事じゃないでしょ。来年、受験勉強があるからって仕事の手を抜いたら、ただじゃおかないからね」
「はーい」
 征二郎はどこまで真剣に受け止めたか疑わしい返事をする。実際、彼にとっては大して差し迫った問題ではないのだろう。
 一方、圭一郎は一年後の自分に思いを馳せていた。妖魔は最近、増加傾向にある。圭一郎にしても、オブジェ騒動の直後にはもう次の妖魔の気配を感じ取っている。このまま増え続けたら、確かに受験勉強どころの話ではなくなるかも知れない。
「た、退魔浪人とかなったらやだなあ……」
 思わず口をついて出たつぶやきに、凜が笑い出す。
「圭一郎は考え過ぎ。取り越し苦労ばっかりしてると老けるわよ」
「征二郎と同じこと言わないでくださいよ」
 圭一郎も苦笑する。たしかに、今からあれこれ思い悩んでも仕方のないことなのだろう。
「鍵、取ってきます」
 圭一郎はそう言い置いて母屋へ向かった。

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