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第五話 妖魔を護る者

2 裕美とプロジェクト(下)

「妖魔研究プロジェクトの話は聞いたことがある?」
 高校近くの公園のベンチで、吉住が切り出した。
「プロジェクト?」
「うん。いろいろな分野の研究者が集まって、妖魔を研究していたんだ。君たちが使ってるデータベースも、プロジェクトの一環で作られたものなんだよ」
「研究ってなにを?」
  圭一郎は、吉住のおごりの新製品「四十九茶」の缶を手に尋ねる。新製品の茶を見るとつい試したくなる圭一郎だが、この茶は今一つだった。
「いろいろ、だね。妖魔が何なのか、どうして出現するのか、退魔のメカニズムは何か、妖魔が出る現実とどう折り合いをつけていったらいいか……それぞれが自分の専門から妖魔の謎を解こうとしてる」
「そうなんだ……」
 二人は驚きの声をもらす。妖魔がどういうものなのか、わかっていることは少ない。そう聞いてはいたが、実際にその謎に挑もうとしている人々がいるということにはあまり考えが及んでいなかった。
「でも、科学では説明できないことなんじゃないの?」
 征二郎はお気に入りの缶コーヒーを手に、数日前のテレビ番組を思い出して聞いてみる。
 吉住は鷹揚に笑った。
「そうだねえ。妖魔に関してはまだほとんど何もわかってないから、テレビなんかだとその方が面白そうだよね」
 ここで真顔になって続ける。
「でも、現実は面白そうじゃ済まされないんだ。実際、妖魔のせいで怪我をしたり命を落としたりする人もいるんだし。原理の説明ができなくても、せめてトリガーや出現の法則がわかれば、被害を減らすことはできる。そうやって方法を探している研究者は、結構いるんだよ」
「へぇ……」
「吉住さんは、どういう研究をしてるんですか?」
 圭一郎が尋ねる。
「僕は妖魔と社会の関係と、防災体制のあり方をテーマにしているんだ」
「妖魔と社会の……関係?」
 よく意味が分からない。聞き返すと吉住は、少し考えてから口を開いた。
「妖魔が日本に極端に多いっていうのは知ってる?」
 二人は顔を見合わせる。そういえば、外国で妖魔騒ぎがあったという話はほとんど聞かない。
「海外で例がないわけじゃないけれど、日本に特有の現象だとも言われているんだ。そうすると、なぜこの日本でなのか、気にならない?」
「どうしてなんですか?」
「まだ、これといって有力な説はないんだ。それに日本でも時代や景気によって、妖魔の数もタイプも変わってきてるし」
「景気? なんか関係あるんですか?」
 圭一郎は首をかしげる。
「戦後、六十年代ぐらいまでは、景気がよくなると妖魔が増える傾向にあったんだ。でも八十年代以降は、不況でも妖魔が増え続けている。タイプも強奪型が減って迷惑型が増えてきたりね。こういうのも研究の成果なんだけど、興味ある?」
 圭一郎が大きくうなずいている。征二郎は景気がどうのという話がよくわからなかったので、缶コーヒーを飲みながら黙って話を聞いていた。
「そうか、ならよかった」
 吉住は髭面をほころばせる。
「第一次プロジェクトは一昨年終わったんだけれど、第二次が今月始まってね。それで、君たちにも協力してもらいたいんだ」
「協力って?」
「僕たちは妖魔を退治したり、気配を感じたりすることができないからね。実際に退治に携わっている人の話を聞きたいことがよくあるんだ。そういう時にいろいろと教えてくれないかな。もちろん、プロジェクトの研究成果で妖魔を退治するのに役に立つ情報があったら、こちらからも提供できるし」
「どうする?」
 圭一郎が尋ねてくる。すっかり他人事のようにのんびりとコーヒーを飲んでいた征二郎は、あわてて聞き返した。
「え、なにが?」
「人の話はちゃんと聞けよな。吉住さんたちのプロジェクトに協力するかってことだよ」
「あー、それか」
 話半分に聞いてはいたが、どうやら頭にかろうじて入ってきていた話題である。
「いいんじゃねえの? 難しい理論とかよくわかんないけどさ。それに、おまえ思いっきり乗り気じゃん」
「悪かったな」
 圭一郎は見透かされたことにいくぶんむっとしたような顔をしたが、反対されなかったことにほっとしたようでもあった。すぐに吉住の方に向かう。
「いいですよ、僕たちにできることでしたら」
「そうか、いやあ、助かるなあ」
 吉住が破顔し、さらに言葉を継ごうとした。
 が、その時。
「……!」
 圭一郎が不意に立ち上がった。緊張の色を浮かべ、学校の方をじっと見ている。
 何が起きたのかは、大体察しがつく。
「妖魔?」
「うん、学校の方。正門のあたりだ。……吉住さん、ちょっとすみません」
 圭一郎はそのまま足早に歩き出す。征二郎も急いで圭一郎の後を追った。

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