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11 接触

1 「彼ら」の役割(中)

「前田が滝に?」
 圭一郎は聞き返す。
 昼休みに貴志から生徒会の運営について相談を受けていたこともあり、護宏と「前田」の接触について彼が征二郎から聞いたのは放課後のことだった。二年A組の教室、ほとんどの生徒たちは部活やら帰宅やらで教室には残っていない。
「うん、それで入江さんとかに相談してること言っといたから」
「え……」
 今ひとつ信用しきれていない護宏に、そんな事情を話してしまってよかったのだろうか。圭一郎はしばし答えに迷う。
「……まあ、いいだろ。『前田』が同一人物なら、あいつも巻き込まれてるってことだし」
 少し言葉を濁しながらも、圭一郎は認めた。どのみち征二郎は話してしまったのだし、沙耶に対して妖魔を使役していた記録を探すように頼んでおきながら、その理由を明かしていなかったのはフェアではなかったという思いもある。
「それにしても、いったいなにが狙いなんだろう」
「妖魔を操れるか、なんて、普通聞かないよな」
 征二郎の言葉に、圭一郎ははっとする。
「そう……それだ」
 そんな問いを口に上らせるための条件があるはずだ。考えをめぐらすうちに、圭一郎の頭の中で先日来の疑問が浮かぶ。
 桜公園で沙耶を捕らえ、護宏を攻撃した妖魔。
 あれが普通の妖魔だとは、圭一郎には思えなかった。何者かの意図が働いている、そんな気がしてならない。だが、その意図が読めなかった。
 妖魔を使い、護宏を襲わせた何者か。護宏に接触した「前田」。
 圭一郎は考えをめぐらしつつ、整理するように少しずつ言葉を発していった。
「あくまでも仮定の話だけど……『前田』が同一人物だとしたら、狙いがわかったかも」
「どんな?」
「『前田』は、滝が妖魔を操る力を持っていると思っているんだ」
「えー?」
 怪訝そうに征二郎が聞き返す。
「そんなのできないって、本人が言ってたぜ?」
「そうかも知れない。でもこの間の県大会で、あいつはナギを呼んで、珠を持たせてコートに降りさせたよな」
「けどあれは普通に頼んでただけじゃん」
 征二郎は納得がいかない表情だ。圭一郎にもその気持は理解できる。だが、自分たちが見ているように、誰もが世界を見ているとは限らない。
「そう。僕たちは会話を聞いてたからそれがわかっていた。でも、もし会話が聞き取れないところであの場面を見ていたら、どうなっただろう」
 ナギが見えたとして、と、圭一郎はつけ加える。
「えーと、突然現れた子どもになにか渡して、その子どもがコートに飛び降りて……」
 征二郎はああ、という顔つきになる。
「確かに命令してるみたいだな」
「加えて、退魔師が見てたとしたら、ナギから妖魔の気配を感じたかも知れない」
「『前田』が退魔師だってことか?」
「その可能性が高い、ってことだよ。ナギが見えていたならなおさら、ね」
 あの場に自分たち以外の退魔師がいることなど想定していなかった。だからこそ、誰にも見えないはずのナギに妖魔の退治を頼んだのだ。
 だが、妖魔を利用して思いどおりの場所に出現させることのできる者ならば、妖魔の気配を感じることができても不思議はない。
「ともかく『前田』はあの場面を目撃したんだ。そして滝の力を確かめようとした」
「桜公園のアレか? 確かめるってなにを?」
「『前田』は滝を妖魔に襲わせれば、身を守るために妖魔を呼び出すと思ったんだと思う」
「ちょっと待てよ。なんだよそれ?」
 征二郎の声の調子が変わる。
「それで出水さんも巻き込んで、護宏だって危ない目にあって……俺たちが行かなかったらどうなってたっていうんだ?」
「怒るなよ、今の時点ではまだ推測に過ぎないんだから。僕だってこんなのが当たってほしくなんかない」
 だが、そう考えればあらゆる点でつじつまが合う。感情を押さえてでも、それは認めねばならなかった。
「とにかく『前田』は、あの一件で確証を持ったから滝の前に現れたんだと思う」
「確証って、妖魔を操れるってか?」
「うん。あの時樹怪を倒したのはおまえだけど、出水さんを助けたのは妖魔の気配のする烏天狗だった……って話したよな?」
「聞いたけど、それ、護宏が呼んだのか?」
「そう見えたとしてもおかしくはない。実際にはどうだか……」
 言いながら圭一郎は、あの烏天狗について護宏からなにも聞いていなかったことを思い出した。
(そうか、本人に聞いてみればいいんだ)
 圭一郎は護宏の机に目をやった。
「滝は部活?」
「たぶんそうだけど?」
「ちょっと待ってて。聞いてくる」
 そのまま圭一郎は、征二郎を教室に残して弓道場に向かう。
 一人で向かったのには理由があった。
 征二郎に話を聞いてから、圭一郎にはずっと、漠然とした不安がつきまとっている。
(『前田』は滝を味方につけて、妖魔を操らせたいんじゃないだろうか)
 圭一郎はまだ『前田』に直接会ったことはない。聞いた限りでは、征二郎に対して『前田』は、退魔師への挑戦状とも取れる言葉を残して立ち去った。一方護宏に対しては、さほど敵対する様子ではないように思える。そのあたりを本人に直接聞きたいと思った。
 加えて、彼の周囲に現れる者たちについて、護宏自身がどこまで知っているのか。『前田』は護宏を、妖魔を操る力の持ち主だと思っているらしい。だが圭一郎の目から見て、ナギたちは護宏に操られているようには見えない。彼らはなぜ、護宏のそばに出現するのか。
 護宏が『前田』の思惑に乗ってしまえば、圭一郎たちとは対立することになる。気配といい記憶といい、どこか正体のつかめない感のある護宏を敵にまわしたくはなかった。そのためにも、護宏自身が一連の事態をどう考えているか、知っておきたかった。
 だが、そんな場面を征二郎には見せたくない。
 征二郎は護宏を信用している。少なくとも友人として見ているのがわかる。はなから疑ってかかるような態度を取る場に、征二郎を立ち会わせるべきではない。

 圭一郎にとって、それはいつもの気遣いだった。さまざまな方面に気を回し、想定できることには可能な限り手を打っておくのが、彼のやり方だった。だがこのことが事態を思わぬ方向に運んでいくきっかけになるとは、彼にも想定することができなかった。

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