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11 接触

1 「彼ら」の役割(下)

 弓道場、更衣室。
 圭一郎が扉を開けた時、護宏はちょうど着替えの最中だった。室内には他には誰もいない。
 制服のシャツを脱いだ姿に、圭一郎ははっとする。
「滝、それってあの時の……」
 制服の上からは見えなかったが、肩や背中に包帯が巻かれていた。よく見ると他にもまだ新しい傷痕がいくつもある。桜公園で妖魔から受けた傷だろう。
「そんなにひどかったんだ」
「見かけほどではない」
 護宏は白い道着に袖を通して脇紐を結び、慣れた手つきで帯を締める。
「なにか用か」
「あ、うん」
 なにから話を始めたものか判断に迷いながら、圭一郎は用件を切り出す。
「その……桜公園で妖魔に襲われた時、出水さんを烏天狗が助けたよね」
「そうらしいな」
「らしいって……そうか、見てる余裕なかったんだ」
 見ていなかったのかと聞きかけて、圭一郎は気づく。妖魔の触手と戦っていた護宏に、沙耶の様子を見る余裕などあるわけがない。
 あそこで見ていられたのは、傍観者でいることしかできなかった自分だけだ。
 だが「前田」がなんらかの方法であの場面を監視していたのだとすれば、彼も烏天狗を目撃していたはずだった。
「あいつがどうして出てきたのか、思い当たることってない?」
「……」
 袴の紐を結びつつ、護宏はしばし考える。
「彼らは俺と沙耶を見守っているんだと思う」
「見守って?」
「理由も確証もない。そういう気がするだけだ。ああいう出方は二度目だが」
「ああいう出方って?」
「妖魔に手を出したのは」
「ふうん」
 前にもあったんだ、と言いかけて、圭一郎は伯父の言葉を思い出す。
「一度目はもしかして、二年ぐらい前?」
「ああ」
「その時は妖魔を退治していった?」
 護宏は目を上げ、圭一郎を見る。言い当てられたという表情だ。
「どうして知っている?」
「伯父が宝珠家の当主だった頃、妖魔を見失ったところで君に会ったんだって」
「……そういえば、妖魔を倒したかと聞いてきた人がいたな」
「その時退治したのは、彼らだったんだね」
 うなずく護宏に、圭一郎は問いを重ねた。
「あの烏天狗?」
「そう――サガミだ」
「サガミ? それが烏天狗の名前?」
「恐らくは」
 護宏の記憶には、本人も知らない断片が紛れ込んでいる。烏天狗の名前もその一つなのだろう。
 沙耶の言うように――圭一郎はあまり信じたくはないが――それが護宏の前世の記憶なのだとしたら、彼はその時に彼らとなんらかの関係があったことになる。その関係ゆえに、彼らは護宏を見守っているのかも知れない。
 だが、人ならぬ存在に見守られるような関係とは、いったいどのようなものなのか。
 圭一郎には見当がつかなかった。いや、むしろ見当などつけたくなかった。

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