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15 神坐ます場所

「はあ、はあ……」
 沙耶は闇の中を走っていた。
 背後に大きな影が迫る。どこまでも彼女を追ってくる影。足がもつれ、次第に距離が狭まる。
 はっと立ち止まる。前方にそびえる壁。行き止まりだ。
 振り返ると影は、沙耶を呑みこもうとするかのごとく大きくふくれあがっている。もはや逃げ場はない。
 沙耶は迫りくる影を見つめることしかできなかった。
「助けて……」
 かすれた声が沙耶の口からこぼれる。
 その時沙耶の目の前に、だれかがすっと立ちはだかった。沙耶に背を向け、影に立ち向かい、なにかを振り下ろす。
 途端に、あたりがまばゆく輝いた。
 まぶしさに目を閉じ、再び目を開けた時には、既に影はどこにもいない。
(また、助けてくれた)
 沙耶は自分を救ってくれた人物の背中を見つめる。暗くてはっきりしないが、それが誰だか彼女にはわかっていた。
(護宏、ありがとう)
 こちらに振り向いた彼にそう言おうと、沙耶は口を開く。
「――」

「?」
 夢の中で自分が発した音に驚いて、沙耶は目を覚ました。
(まただ)
 ベッドの中で布団をかぶったまま、沙耶は目を見開き、かすかにそうつぶやく。
(なんて言ったんだろう、わたし)
 思い出せない。
 護宏の名を呼ぶつもりで開いた口が、まったく異なる音を発していた。だが、自分がなんと言ったのか、どうしても思い出せないのだ。  
  そんな夢を、最近よく見る。
 たぶんそれは、だれかの名前だ。だが、護宏に向かってその名前を呼びかけるとは、いったいどういう意味なのだろう。
(わたしが、護宏にだれかを重ねて見ている?)
 そんな、ありえない……と、沙耶は弱々しく首を振った。自分が彼に対して持つ幼なじみ以上の感情にはとうに気づいている。それを疑うことなどしたくはない。
 だが、同じ夢を繰り返して見ることに、意味がないと言い切れるだろうか?
 窓からはカーテンの隙間をぬって朝日が射し込んでいる。それがなにかを照らし出してしまうのを避けるかのように、沙耶はベッドの中で強く目をつぶった。

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