二人が駆けつけた時、中若菜駅のホームでは既に慌ただしい光景が繰り広げられていた。
救急車のサイレンがひっきりなしに鳴り響き、ストレッチャーが何台もホームを往復して負傷者を搬送している。
脱線したわけでも衝突したわけでもない。ただ急停止しただけだ。それに十二月前半の平日の昼間、特急列車とはいえ大して混んではいない。
そのわりに事態は深刻なように見える。実際、ホームに運び出された負傷者の数は多い。
が。
それにもかかわらず、大事故の凄惨な場面とはどこか違った空気があたりに流れていた。
(なんか、緊張感ないような気が……)
征二郎は首をひねった。
なんだろう、このゆるさは。
「征二郎、けが人の顔見てみろよ」
圭一郎がささやいた。
「ああ、そっか」
緊張感のなさがどこから来ているのか、一目でわかる。
救急隊員の緊迫した表情とは裏腹に、肝心のけが人はあまり痛そうでも苦しそうでもない。
救急隊員に促されて、面倒臭そうに手当を受ける人、腕から血をだらだらと流しながら、隣に座ったけが人とどちらが笑えるけがなのか張り合っている人。
「やっぱ、例のやつのせいだよね」
圭一郎がつぶやく。
「だろ?」
「でも、なにが起きたらこんなことになるのか」
「妖魔に特急がつっこんだのよ」
背後の声に振り向くと、美鈴凜が立っていた。
「先輩?」
「来てたんですか?」
二人は口々に尋ねる。
「ええ」
凜はホームの端、特急の先頭車両が停止しているあたりを指す。
「あのあたりで電車を待ってたんだけど、線路の上に妖魔が現れたの。大きな――直径五メートル以上はあったかな――泡みたいで、線路づたいにこっちに漂ってきてたわ」
「そこに特急が通りかかったわけですか」
「そう。泡が弾けて気配が消えた直後に急ブレーキがかかったの」
ほら、と、凜はホームの中ほどを指さした。駅員が何人か集まってもめている。
「だから、なんでブレーキなんかかけたんですか」
「だって怖いでしょ!」
問い詰められている様子の男は、特急の運転士だろうか。
「あんなスピードで大勢の人を乗せてるなんて、ありえないですよ。事故でも起こったら危ないじゃないですか」
「いや、あのですね、それが我々の仕事でしょ? 急停止する方が危ないし、あなただって何年も乗務してきたんでしょうが」
「怖いものは怖いんですってば!」
運転士らしき男は両手で頭を抱えてうずくまる。
「人間は走る以上のスピードを出しちゃいけないんだー!」
「……なるほど」
征二郎にもやっと納得がいった。妖魔に襲われて極端なスピード恐怖症になってしまった運転士が急ブレーキをかけた、ということだろう。
「あ、じゃあけがした人も……」
「負傷者は一両目前方に集中しているわ。たぶん、妖魔に襲われていたから危険回避の態勢が取れなかったのね」
凜が答える。たしかに、彼らがとっさにつかまったり身を守ろうとしたりするようには見えない。
「これって、まずくないですか?」
圭一郎が眉根を寄せて凜に問いかける。
「どういう意味で?」
「妖魔が局地的に迷惑を及ぼすのはいつものことですけど……このままじゃ、もっとひどいことになるかも知れない。今回だって、たとえば飛んでる飛行機が襲われたんだとしたら……」
「死者が出る大事故になるわね」
「落ち着いて言わないでください」
「あわててどうなるのよ。今必要なのは次の手を考えることでしょう?」
「それは……」
圭一郎は答えに窮する。が、さほど長い時間ではなかった。
「いちど警察に戻ります。確かめたいことがあるんで」
「そう。ま、それもいいかもね」
凜はくるりと向きを変え、駅の階段に向けて歩き出す。
「私はこの町をもう少し歩いてみるわ。あっちから狙ってくるなら返り討ちにしてやるだけだし。おたがい、がんばりましょ」
去りぎわにそう言って手を振る凜を、二人は見送った。
「リンリンさん、一人で大丈夫かな」
「少なくとも僕たちよりは有利なはずだよ」
「どういうこと?」
「リンリンさんの鈴なら、相手に直接触れなくても退治できるからさ。泡がはじけた時の被害には遭いにくい。でも……いや、考え過ぎかな」
圭一郎がそこで言いさした理由が、征二郎にはわからなかった。