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19話 淵源・前編

4 迫る罠 (上)

 三人は金剛駅から乗ったバスの終点に降り立った。「青葉台入口」と停留所には書かれている。
 青葉台は、二人の家や黎明館高校よりもさらに北、金剛市北部の丘陵地帯だ。巳法川の中流域にあたり、最近は宅地造成が進んでいる。見渡すと造成中の空地がそこかしこに広がっているが、休日なので工事は行われておらず、人気はない。
「このあたりまでは来ていたはずなんだけど」
 圭一郎はつぶやき、あたりの気配をさぐる。妖魔の気配自体はあちこちから感じられるが、青葉台周辺に出現しているものはないようだ。
「警察の人からメール来てたぜ、ほら」
 征二郎が携帯を圭一郎につきつける。画面には青葉台二丁目から四丁目あたりで目撃証言が途絶えたという内容のメッセージが表示されていた。
「このあたりで例の結界とやらを張っているのかも」
 圭一郎はそれらしき建物を探してふたたび周囲を見渡したが、造成地が段々になって広がっているばかりだった。
「とりあえず、二丁目から四丁目で手掛かりを探していこう」
 そう言い置いて歩き出そうとした時、手にしたままの携帯から着信を告げるメロディが流れた。
「リンリンさん? なんだろう」
 画面を一瞥して首をかしげつつ、圭一郎は電話に出てみる。
「圭一郎、沙耶が妖魔にさらわれたのは聞いてる?」
「はい。先輩も捜索に加わってるんですか?」
「そうしたいんだけど、昨日から法事があって本家に来てて……あんたたちならどうなってるのか知ってると思ったの」
(今それどころじゃないんだけどなー)
 内心そう思いながら、事のあらましを説明する。凜とて沙耶のことが心配でならないのだろう。
「じゃあ、妖魔の行方はわからないのね?」
「はい」
「……あいつは?」
「あいつって?」
 凜が誰を指しているのか、圭一郎にはわからなかった。
「わからないの? 滝護宏よ。あいつが沙耶を生贄にしようとしているんでしょ?」
「は? 滝が出水さんを生贄に?」
 凜の言葉はあまりに唐突だったので、圭一郎は自分が聞き間違えたのだと思った。
 が、凜は繰り返す。
「そうよ。あいつは淵源を目覚めさせる妖魔。このままじゃ沙耶が危ないわ」
「ちょっと待ってください」
 凜がなにを言っているのか、よくわからない。わからないなりに圭一郎はなんとか情報を整理しようと試みる。
「先輩、どうしてそう思うんですか」
 凜が護宏を妖魔だと疑っていることは知っている。だがそれはあくまで気配を根拠にした疑惑であって、ここまで具体的な話ではなかったはずだ。そもそも「淵源」について凜はなにか知っているのだろうか。
「古文書を見せてもらったのよ。那神寺っていうお寺のね。淵源の封印ってのが巫女の犠牲で解かれて、この世を闇で覆ったそうよ。あいつはその封印をもう一度解こうとしている。沙耶を使って。だから沙耶を守ってもらっていたのに」
「見せてもらったとか守ってもらったとかって、だれに?」
 当然といえば当然の疑問を口にしつつ、圭一郎はいやな胸騒ぎに襲われていた。
 那神寺の古文書といえば、仏像とともに行方不明になっていたものだ。その古文書を持つ人物が凜に接触していたという。
 圭一郎の脳裏には、ある人物の名前が浮かんでいた。かつて那神寺の僧侶だったという、あの……。
「前田さんっていう退魔師。沙耶を一緒に守ることになっていたんだけど……会ってない?」
「……」
 凜が口にした名前は、圭一郎の予想通りのものだった。
 圭一郎はなにから答えたものかと思う。
「先輩はその人に協力したんですか?」
「ええ。沙耶が一人でいる時が危ないからこっそり護衛してくれるって言われて、予定とか……」
「先輩」
 大筋は理解した――そう判断した圭一郎は、静かに凜をさえぎった。
「出水さんをさらったのは、その前田が放った妖魔です。おそらく、先輩から聞いた予定から、一人でいる時を狙ったんでしょう」
「えっ? なにを言ってるの?」
 凜のきょとんとした声が聞こえてくる。
「前田浄蓮は、妖魔を操って世界を支配しようとしているんです。その目的に滝を利用しようとして何度も接触して失敗していました。僕たちも巻き込まれたし怪我だってしたし。今回もたぶん、出水さんを人質にして滝を従わせるつもりでしょう」
 圭一郎は静かに淡々と説明した。
 もっと怒ってもいいところなのにな、と、妙なところで冷静に考えている自分がいる。沙耶を危険な目に遭わせたのは凜なのだ、と責めてもいいはずだ。だが、どうもそんな気になれない。
 凜の気持ちもわからないでもなかった。彼女はただ沙耶が心配で、そこを言葉たくみに前田につかれ、口車に乗せられてしまったのだろう。
「なにそれ……私がだまされてたって? まさか、そんな人には見えなかったわよ」
「じゃあなんで、出水さんが今さらわれてるんですか? なんで滝が必死に彼女を探してるんですか? その人、守ってないじゃないですか!」  
 詰問口調になっている自分を自覚しつつ、圭一郎はちらりと弟たちの方に目を走らせた。電話の内容が気になるのか、征二郎と護宏がこちらに目をやりつつなにごとか話し合っている。
「! それは……」
 痛いところを突かれたといった様子の凜に、圭一郎はたたみかける。
「僕は前田に怪我させられましたし、宝珠を奪われたこともあります。前田の妖魔のせいで命を落とした人だっている。出水さんだって少なくとも一度は襲われていたんですよ?」
「……」
「先輩、教えてください」
 圭一郎は言葉に力を込めるようにして言った。
「前田が拠点にしているところに、心当たりはありませんか?」
 今すべきは凜を責めることではない。前田を出し抜いて沙耶を探し出すことだ。それは、忘れてはいない。
「……」
 長い沈黙。
「昨日の夕方、電話したの」
 凜が口を開く。その口調には意を決したような響きがあった。
「電話の向こうで、小学校の下校放送が聞こえてた。たしか、青葉台小学校の生徒はどうの、とか言っていたわね。建物の中っぽい声の響き方だったのに放送はよく聞こえたから、小学校にかなり近いところのはずよ。……それぐらいしかわからない。ごめん」
「わかりました。じゃあそのあたりを探してみます。ありがとうございました」
「あ、あのね……」
「わかってます。出水さんは僕たちが助け出しますから、安心しててください」
 そう言って電話を切る。最後の一言は、凜を安心させるために言ったものの、実際のところどうなのかは自分でもわからなかった。だが、行ってみるしかないということも、十分に承知している。
「リンリンさん、なんて?」
 電話を切ったと見るや、征二郎が駆け寄って尋ねる。
「少し手掛かりがつかめた」
 圭一郎はそれだけ言う。
 電話でのやりとりを正確に伝えたら、たぶん征二郎は怒るだろう。だが、今はその怒りに対処している場合ではない。
「青葉台小学校のかなり近くに拠点があるらしい。急ごう」
「なぜそんな情報が?」
 護宏の問いに、圭一郎はぐっとつまる。
 圭一郎が電話口で護宏の名を発していたことに、護宏が気づいている可能性は高い。一般的に言って、自分の名前は雑踏やノイズの中でも特によく聞き取れるものなのだから。そこから会話の内容をおしはかることは可能だったろうし、護宏ならばかなり的確な推測ができるだろう。
 だがそれでも、会話の内容を――沙耶を生贄にして淵源の封印を解こうとしている妖魔だと思われていた、などということを護宏に報告するのは、あまりに悪趣味なことのように思えた。
「滝。今大事なのは出水さんを助けることだろう?」
 その他の質問は受け付けない、そんな意味を込めて圭一郎は答える。
「……わかった」
 圭一郎の意図を察したのか、護宏はそれ以上食い下がろうとはしなかった。

 

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