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22話 シキの核

2 妖魔の傾向と対策

 護宏を見送って川沿いの道を再び歩き出した二人だが、携帯電話の着信音に再び足を止める。
「もしもし? ……はーい、近いからすぐ行きます」
 征二郎の受け答えを聞いて、圭一郎はすぐに電話の内容を悟る。
「警察?」
「うん」
「河川敷公園の奴?」
「わかってたのかよ」
「気配はいくつもあるんだ。この近くなら河川敷公園のあたりから感じ取れるから」
 自分で気配を感じ取った妖魔を退治しに行くのではきりがない。最近はほとんど、警察からの退治要請を受けて向かうようにしている。
 今日はもう三件目だが、それでも二人は要請があればすぐに向かうようにしていた。
 河川敷公園は川沿いの道をしばらく戻ったところにある。圭一郎には近くで地面に潜りつつ時折地上に出現する気配が感じられていた。
「動きからいって、カマイタチっぽい。行こう」
 圭一郎はそう言って足を速めた。
「なあ、この調子で妖魔って増えていくわけ?」
 圭一郎に合わせて速足で歩きながら、征二郎が尋ねる。
「僕に聞いてわかるわけないだろ?」
「じゃあだれに聞いたらいいんだよ」
「知るか。滝にでも聞いたら?」
 言った瞬間、圭一郎ははっとする。
 勢いで適当に名前を出してみただけだが、それは意外にも有効なように思われた。
(そうだ、あいつが知っている可能性は大きかったんだ)
 前田は「淵源」を「妖魔を生み出す存在」と考えていた。彼の仮説には間違いも多いため、すぐに信じるわけにはいかないが、「淵源」をめぐる事件が妖魔の 出現と関連がありそうだという点は、記録に残されている。
 護宏によれば「淵源」とは単なる水源地——たどり着けば願いがかなうという言い伝えのある場所——の呼び名だが、その場で願いをかなえていた存在——すなわち封印される前の 護宏——の呼び名でもあった可能性がある。
 それならば護宏こそが、妖魔の出現について現在もっともよく知っているのではないか。
 なにより、護宏の封印が弱まり、解けていったのと時期を同じくして、妖魔もまたその数を増してきた。
 護宏が二人に対して直接敵対的にふるまう気がないことはわかっている。折に触れさりげなく妖魔退治の手助けをしてくれていることも理解している。
 だがその一方で、妖魔が増える原因の一端を彼が担っているとしたら。
(……明日確かめよう。今は目の前の妖魔を!)
 圭一郎は宝珠を手にしたまま足を速めた。
 
 冬の夕方ということもあって、薄暗くなりかけた河川敷公園には人影は少なかった。だが練習中の少年野球チームやウォーキング中とおぼしき男女など、とこ ろどころに人の姿が見える。みな地面にしゃがみこみ、低い姿勢を取っているのは、カマイタチタイプの妖魔から身を守るためだろう。
 吉住たちの研究成果は、少しずつ人々に伝わり始めている。回避方法が判明している妖魔についてはニュースや新聞で繰り返し報道されるようになってきてい たし、出現場所でも放送が流される。そうした妖魔に対して、退魔師でない人々は、とりあえず安全に退魔師の到着を待つことができるようになりつつあった。
 圭一郎は公園を眺め渡した。気配の移動とともに、時折黒い影が地面から飛び出し、再び地中に潜っていく。時折遊具や街灯などをかすめ、一メートルほどの 高さに鋭い傷をつけるが、姿勢を低くしている人々には当たらない。
「けが人はいないみたいだね」
 圭一郎はそう言いつつ、宝珠を握った手を前に突き出す。輝きとともに新しくなった剣が形をなしていく。
「次に出てくるのは……」
 剣を征二郎に渡し、地中の気配から、次に飛び出す地点を予測しようとする。
 が。
「!」
 圭一郎は予測地点を征二郎に告げる前に、いきなり走り出した。
「圭一郎?」
 征二郎が驚いた声を上げる。
「ついてきて!」
 圭一郎が向かったのは、野球のグラウンドの片隅だった。ユニフォームを着た少年たちが一人の中年男性——おそ らくチームの監督だろう——を交えて車座になり、座っている時間を利用してミーティングを開いている。
「下がって! そこから妖魔が出る!」
 圭一郎は少年たちに向かって叫んだ。
「え? どこ?」
「円座の真ん中! 征二郎、あと三秒で来る」
「おう!」
 さすがに足元から飛び出されたら、姿勢を低くしても被害は免れない。あわてて散り散りになる少年野球チームの間に征二郎が走り込み、地面に向けて剣を構 えた瞬間、剣の先の地面から黒い影が飛び出した。
「やあっ!」
 気合のかけ声とともに、征二郎が剣で影をなぎ払う。黒い影は動きを止め、霧のように消えていった。
「!」
 地上一メートル足らずの位置に浮かんでいた影からなにかが落ちたことに、圭一郎は気がついた。すぐにかがみ込み、拾い上げてみる。
 白い粒状の石。直径は五ミリ程度といったところだろうか。
 最近は気をつけて見ているせいか、妖魔を退治した時に小さな石のようなものが落ちることが多い。たいていの場合はすぐに消えてしまうが、今日の石は消え ずに残っていた。
 圭一郎は立ち上がり、野球チームに礼を言われている征二郎に石を突き出した。
「征二郎、これ」
「あれー? 今日は溶けなかったんだ」
 圭一郎の手に乗せられた石を、征二郎はまじまじと眺めた。石が落ちる瞬間、征二郎はいつも剣を振るっているために、あまりよく見る機会がなかったのだろ う。
「なんかさー、宝珠に似た感じ、しないか?」
 征二郎のなにげない一言に、圭一郎はどきりとした。
「やっぱりそう思う?」
「うーん、なんとなく」
(どういうことだろう)
 妖魔の中にある石と宝珠がどう関連するのか、圭一郎にはわからなかった。それでいて、両者が同質のものであるという感覚もまた、疑いの余地のないものに 思える。
「やっぱりちゃんと聞いてみよう」
 圭一郎は自分に言い聞かせるように、そう口に出してみた。
「え、なにを?」
「宝珠ってなんなのか、あと、妖魔ってなんなのか」
「だれに?」
「知ってそうな奴は一人しかいないだろ」
 わざわざ聞くなよ、という口調で、圭一郎は答える。
「まあ、たしかにそうだな。電話する?」
「いや、いい」
 携帯電話を取り出しかけた征二郎を、圭一郎は手で押しとどめた。
「明日、学校で聞けばいいことだからさ。もういいかげん帰りたいし」
 わざわざ声に出して言ったのは、この場にいない彼へのメッセージのつもりだったからだ。
 今日はもう、いきなり出てくるようなことはしないでくれ、という。
 そうでもしておかなければ「聞きたいこととはなんだ」と、不意にすぐ後ろから声がしそうな気がしてならない。
 そのメッセージが通じたのか、はたまた遠くから二人の会話を聞いている者などはじめからいなかったのか、変わったことはなにも起こらなかった。
「たしかに、三件連続ってのはきつかったよな」
 圭一郎の意図には気づいていないのか、征二郎はごく素直な反応を返す。
「そういうこと」
 河川敷公園から家まではやや遠い。二人は最寄りのバス停を探し、ようやく帰路につくことができた。

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