0日目・ヴァド


「すまねえ、なんか一杯作ってくれ」

 入るなり、客はそう言った。

 若い戦士。クリューヌ城の兵士らしい。若さと力のみなぎる体躯と鋭い眼光が、かなりの腕前の戦士であることをうかがわせる。バーテンは戦士を一瞥すると、ミキシンググラスに氷を入れはじめる。

「…いよいよ明日ですね、シオンさん」

「おう、よく知ってるな」

「この町一番の話題ですからね。武人の塔が開かれることも、その挑戦者がこの町に住んでいらっしゃることも」

「そうか」

 戦士は屈託なく笑う。まだ十代の表情だ。

「そういや掲示板も出てたっけな」

「ええ」

 バーテンはミキシンググラスに赤い酒を注いでステアし、グラスについで戦士の前に置く。

「赤いな…『イグルスの娘』か?」

「いえ…」

 バーテンはかぶりを振る。

「winner…明日の勝利を祈って作りました」

「ふうん…」

 赤いカクテル。一口飲んだだけで、かなり強いことがわかる。だが、スロージンの甘味が『イグルスの娘』のような激しさを感じさせないようになっている。  戦士は一息にカクテルを飲み干した。

「なんか、元気が出てきたような気がするぜ」

「どうか勝ち抜いて、見事ターレスさんの後継者になってください」

「ターレス隊長…か」

 戦士の両眼に、ふっと影がさす。隊長が行方不明になって、もうどれくらいたつだろう…。

 が。

 次の瞬間、彼の表情は元の快活なものに戻っていた。

「ありがとうよ…さて、城に行かなきゃな。ロスタムとヒューイがそろそろ戻ってくるはずだ」

 がたんと音を立て、戦士は立ち上がる。

 彼の運命を一変させる出来事が起こるのは、その半日後のことだった。

 だが、この時既に運命は動き出していたのかも知れない。


winner (シオン)

ウォッカ 30ml
スロージン 15ml
レモンジュース 15ml
アロマティックビターズ 2ダッシュ

ステア。口に入ると燃えるよーな感じなくせに甘口。かなり強い。

1997年「Phase」所収
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