夢魔

第11章 ふたりの環

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 環が当時彼を悩ませていた悪夢について千秋に語った、まさにその晩、ラグナが千秋のもとに現れた。ラグナが言うには、環から話を聞くまで待っていたとのことだったが。
 そして、次の晩。
 千秋はホテルの温泉に浸かったまま、うとうとと居眠りをしていた。環は部屋で待っている。部屋に戻ったら、昨晩夢に出てきたラグナの話をしようと思いながら、つい眠ってしまったのだ。
 その時。
 浅い夢の中に、ラグナが現れ、警告を発した。
「千秋さん! 恵美が環に近づいている!」
 恵美の狙いは、環を夢魔に引き入れることだ。
 千秋ははっと目を覚まし、急いで服を身につけ、部屋へと急ぐ。
 部屋の中は、奇妙に静まり返っていた。見ると、ソファに向かい合って座ったまま、ぐったりとしている二人がいる。環と、環にどことなく面差しの似ている女性。
 恐らく粟飯原恵美に違いあるまい。
「た……環?」
 声をかけても、揺すってみても、環が目を覚ます気配はなかった。
(まさか……)
 昨晩、ラグナから言われたことを思い出す。恵美が環の夢魔の部分に影響を与え、その力を呼び覚まそうとしているのだろうか。
 もしも恵美が環の夢に入り込んでいるのであれば――。
 止めなくてはならない。でなければ、環が夢魔になってしまう。
 以前透に聞いたことがあった。
 夢魔の王を倒す方法。 
(他の人の夢に入ってる間に、身体を動かせば……)
 千秋は恵美を見やる。正確に言えば、それは夢魔の王を倒す方法ではなく、単に夢魔の王の宿る身体を破壊するだけの方法だったが、そのようなことは千秋にはどうでもよかった。
 この女が、最愛の環を苦しめる元凶だ……!
 千秋の目が、怒りに彩られる。
 ぐったりとしたままの恵美の身体を抱え上げ、少し離れたベッドに横たえる。自分とほぼ同じ背丈の相手を動かすのは骨が折れたが、そのようなことを気にしている場合ではなかった。
 しばらくは、何も起こらなかった。
 ただの誤解だったのかと千秋が思い始めた時、それは起こった。
 恵美の身体が微かに震えている。見ると、すらりと長い指先や、形の整った足の先の方が、じわじわと形を崩しつつあった。
「……!」
 千秋は思わず後ずさりする。
 が、その時。
 恵美の目が、かっと見開かれた。
 赤紫色の目。
「きゃ……!」
 千秋の手首を、崩れかけた手でつかみ、恵美は起き上がる。その目は激しい怒りと憎しみと――悪意に満ちていた。美しい顔立ちなだけに、凄まじく鬼気迫るものを感じる。
「よくも…私の身体を……」
 千秋は恵美の手をふりほどこうとした。だがその力は異常なほどに強く、どうしても離れようとしない。
「でも…もう遅いわ……環はもう…私の…」
 恵美の身体の震えが激しくなったのが、つかまれた手首を通してわかる。
 美しい――美しかった、恵美の身体が変貌しつつある。身体の奥から何かが膨張しているとでもいうかのように、その色白の手が、顔が、赤黒く、そして醜く膨れ上がる。
 すさまじい変貌を遂げながら、恵美は笑っていた。
 赤黒く変色した顔の中で、唇の両端がつり上がる。かつて数多の男達を魅了した「女帝」の、変わり果てた笑い。それはいやが上にも千秋の恐怖心をかき立てた。
「いや…環……助けて…」
 千秋は震える声で環に助けを求める。だが、環はソファでぐったりしたまま動かない。
「オ・マ・エ・モ……」
 膨れ上がった唇から、そんな声が洩れる。最早声というより、単なる音に近い。
「……ミ・チ…ヅ・レ・ダ!」
 恵美の口から――恵美であったものの口から、そう発せられた瞬間。
 膨れ上がった恵美の身体が爆発した。
 千秋の身体もろともに。
 あとに残ったのは、血の海と……目を閉じたままの環だった。


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