夢魔

第12章 最後の王

[prev][next][top]


 意識が遠のいていくような感覚。
 どことも知れぬ空間をさまよっているような気がする。自分がどこにいるのかもわからなかったし、見ることも声を出すこともできなかった。眠りに落ちる瞬間に似た世界の中で、だが透は確かに、一つの声を聞いていた。
――誰かと語り、笑うこと……それは私にとって、見果てぬ夢でした。
(ああ、ラグナさんの声だ……)
 もうその姿は見えない。あのもの哀しげな表情も、伺い知ることはできない。だが、言い知れぬ深い悲しみだけが、あたりを覆っている。
――だから私は人間になりたかった……けれどもそれが間違いだったのでしょうか。望んではならぬことだったのでしょうか……。
 声が出ない。身体というものがなくなってしまったように。だが、かりに声が出たとしても、透はラグナの問いに答えることはできなかったであろう。
 ラグナの悲しみが、痛いほどに伝わってくる。二人の我が子が互いに敵対し合うように仕向けざるを得なかった、父親の嘆きか。それとも夢に寄生して孤独に、そして無意味に生き続ける、夢魔という存在に思いをはせるがゆえの悲しみか。
 その悲しみに対して、透はいかなる言葉をも持たなかった。
 ただ、圧倒されていた。
 夢魔とは、夢使いとは、どういう存在なのだろう。
 かつては考えもしなかったことを、透は思う。恐らくは永遠に解けない謎を。
――環が来る……。
 ラグナの声の調子が、微妙に変わった。
――環がすべての夢魔を呼び集め、夢魔の時代を終わらせようとしている。 私もやっと……これで…。
 声が遠のいていく。
(粟飯原は……何をしようとしてるんです?)
 だが、聞く術は既になかった。
 はっと気づいた時、目の前に赤紫色の目をした環が立っていた。


[prev][next][top]