守護獣の翼  4 辺境の村より

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 紅裳で彼らは、村長の家の離れに滞在することを許可された。来訪者を泊めるような施設を用意しておくほど、村どうしの交流があるわけではない。そのため、来訪者にあてがわれる場所は、村によって異なる。ウェイによれば、真影では集会所がその場所になっているらしいが、その用途に使われたのを彼らが見たことはなかった。
「日が暮れるまで時間があるな。俺、書庫を見せてもらうつもりなんだけど、ユァンはどうする?」
 そうウェイに尋ねられ、ユァンは少し考えた。
「そうだな、『盾』に会ってくるよ」
 真影から離れればそれだけ、真影では知られていなかった「獣」に出くわす可能性が高まる。外の村ではその地の「盾」の力を借りねばならないのだと、ユァンは教わってきた。
 それに、この村での魔獣の話題は、ユァンを鬱々とした気分にさせてしまうような気がする。ウェイの口を介して聞く分にはまだましだが、書物に書かれたことであってもできれば触れたくない気分だった。
 ウェイと別れ、「盾」とおぼしき家を目指して門の方へ向かう。はじめてこの村に足を踏み入れた時に思ったことだったが、村の中の建物や広場の配置も、特定の職業――「盾」ばかりでなく「織師」や「耕人」なども――の家だとわかる建て方も、真影とよく似ている。それは、交流がない割には奇妙なほどの相似だった。
 広場に立ち、「翼」を広げてみる。村の人々のざわめきも、真影とさほど変わるところはなかった。
 不思議な気がする。
 平原の危険な道を歩いて五日、互いの交流はごくまれな二つの村が、こうも似ていること。
 そしてまた同時に、魔獣に関する言い伝えのように、大きく異なっていることもあるということ。
(うまく言えないけど……真影にいたんじゃわからなかったことが、まだまだあるのかも知れない)
 ウェイはそれゆえに、魔獣を探すのにまず他の村を目指したのだろうか。
(とにかく、ウェイをちゃんと守るのが、俺の仕事だ)
 ユァンは頭を振り、門に近い「盾」の家に向かって歩いて行った。
 「盾」の家では、紅裳周辺の「獣」の習性を教えてもらい、かわりに真影周辺の「獣」についての情報を提供する。こうして「盾」は互いに協力していくことになっている。
「……そうはいってもな」
 初めて会った「盾」の青年が教えてくれる。ユァンと同様、幼い頃から「盾」として育てられ、つい先日成人の仲間入りをしたばかりなのだという。
「『獣』に関して真影の人に教えることなんて、あんまりないんだよな」
 実際、教えてもらった「獣」の多くは、ユァンがとうに知っているものだった。
「真影は森に一番近い村だろ? 『盾』も真影で生まれた職業だって聞いたことがあるぜ」
「そうなんですか?」
 ユァンには初耳だ。首をかしげるユァンに、青年は地図を示す。
「ほら、平原に町と村が合わせて六つ。この紅裳に真影、玉輝、槍尖、碧水、豊橙。そのまわりを森と海が囲んでるだろ? どっちも『獣』の領域で、その向こうに何があるのかは、誰も知らない」
「ええ」
 ここまで広い範囲の地図を見るのは初めてだ。青年も、この地図がどうやっていつ作られたものかわからないと言う。見ると青年の言うように、真影は森とほぼ接するぐらいに位置しているのに対して、他の村は森や海から遠く離れた、平原の中心付近に集まっている。
「だから『獣』が一番多いのも、『獣』について一番詳しいのも、真影だって言われてるんだ」
 どこの村でも同じように「獣」に対して用心しているのだと思っていたユァンにとって、青年の話は驚くべきものだった。
「真影じゃ、そういう話は伝わってないのかい?」
「あんまり……俺が半人前だからかも知れませんけど」
 言いながら、本当に伝わっていなかったのではないか、と思う。古い話ならば、村長宅の書庫にあるはずだし、それならばウェイが目を通しているだろう。ウェイとの話にまったく上ってこないということは、おそらくウェイも知らないことなのだ。
 あるいは、魔獣のように、ウェイに対してすら隠されてきた歴史が、真影にはあったのだろうか。
「玉輝の『盾』に聞いた話だが、海のそばにも昔は真影のような村があったらしいぜ。今はもうなくなってて、もうちょっと内陸に移り住んだ人達が作ったのが槍尖なんだそうだ」
 地図を指し示しながら、青年が教えてくれる。
「槍尖……」
 ユァンはつぶやく。初めて聞く名だったが、どこか引っかかるものを感じていた。

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