守護獣の翼  6 鏡の村

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 夕方。
 槍尖での宿となっている集会所に、「盾」の話を聞きに行っていたユァンが戻ってきた。ウェイは村長から借りた文書を丹念に読み進めている。
「ただいま」
 ウェイの邪魔にならないように静かに言って、持ち物を点検しようとその場に座った時。
「ユァン、俺、不思議に思うんだけどさ」
 書物に目を落としたまま、ウェイが声をかける。
「何?」
「どうして魔獣はいろんな生き物に紛れてたんだろう」
 窓から射し込む夕日がまぶしく、ウェイの表情は見えない。
「どうしてって……?」
「紅裳でもなんだか引っかかってたんだけど、まるで人に危害を加えるために紛れているように言われてるだろ? でも、そういう小細工のできる奴らが、勝てそうにない数で防壁のある村に攻めてくるもんだろうか」
 ユァンは襲撃の日のことを思い出す。たしかにあの数では、村に実質的な危害を加えることは難しそうだった。
「たとえば、それに合わせて村の中から……」
「真影では少なくとも、今までそんなことはなかったんだ」
 ユァンの言葉を遮って、ウェイはきっぱりと言う。
「それに村の中に忍び込めるなら、攻めてくる必要もないだろう?」
「じゃあ……」
 ユァンにとって、魔獣が人に紛れている意味はそのまま、自分が村に住む意味につながってくる。それだけに、ウェイの言葉には気にかかるものがあった。
「ウェイは、どうしてだと思う?」
「わからないけど、一緒に生きる意味があったような気がする」
「意味?」
 ユァンは首をかしげる。
「人と家畜と『獣』と……姿の同じものどうししか一緒にいられない。その中にそれぞれと同じ姿で魔獣がいたことって、すごく大事なことだったように思えるんだ」
「よく……わからない」
「だからね」
 かみ砕いて説明しようとするということは、ウェイにとってもそれが重大なことだからだ。いつもの癖だけに、ユァンにはわかる。
「たとえば、人の姿の魔獣と『獣』の姿の魔獣は、話すことができるかも知れない。防壁があるところには入ってこないでくれとか、こういう時期には巣穴の近辺には踏み込まないでくれとか、さ」
「話……」
 考えたこともなかった。ユァンには「獣」のおおよその欲求や関心の方向はわかるが、話し合える相手には思えない。だが「獣」の中に魔獣がいたとしたら、どうなるのだろう。
 ふと、森で木と化した男のもとを訪れた時のことを思い出した。広げた「翼」と彼の枝が重なり、溶け合うような一瞬の感覚を通じて、ユァンには彼が抱いてきた思いや過去の記憶が伝わってきていた。
 あの時、もしかすると逆にユァンの気持を彼が受け取っていたのだろうか。今さら確認することもできないが、もしそうであれば、魔獣どうしはそのようにして気持を伝え合うことができるのかも知れない。
「でも、それができたとして、だから?」
「彼らがいたから、今の俺達が『獣』とうまく住み分けているんじゃないか、ってこと」
「そんなことが……」
 にわかには受け入れがたいが、思いあたることもある。
 「盾」は代々、「獣」の習性や対処法を伝えてきている。その中には、とても人が観察しただけではわからないようなものも含まれていた。また、防壁の中とはいえ上空が開けている村に、上空から「獣」が襲ってこないことも、考えてみれば不自然なことだ。
「真影鏡は彼らを魔獣として暴き出してしまったけど、それはすべきじゃなかったんじゃないかと思うんだ。彼らのためにも、俺達のためにも」
「ウェイ……」
「昔の槍尖の人達は、もしかしたら姿で見分けのつかないものが自分達の間に混じっているのが怖かったのかも知れない。でも、他の生き物を理解できる存在と一緒にいるのを拒否した……ということは、人間にはもう、人間以外の声は聞こえないんだ。姿の違うものの声は。それどころか……姿の同じ人間どうしすら、わかりあえなくなっていくのかも知れないな」
「……」
 ユァンはウェイの言葉を、かみしめるように聞いていた。それは難しかったが、ひどく重要なことのように思えた。
 ウェイは「獣」であろうと魔獣であろうと、まず理解したいと思っている。異なる姿だから拒否してしまうのではなく、その前に気が済むまで考えてみたいのだ。
 だが、そして彼は何をしようというのだろう。
 この旅が、魔獣を見つけだして倒すための旅などではないことは、最初からわかっている。魔獣がなぜ人を襲うのかをウェイが理解するための旅だとユァンは思ってきたが、もしかするとウェイはそれ以上のことを考えているのかも知れない。
 ウェイが見ているのは、魔獣に襲われ続ける村の行く末のみならず、人間のはるかな未来であるようにも、ユァンには思えた。
 だが、おのれの未来も未だ見えないユァンには、そんなウェイの発想についていくのが精一杯だった。
「でも、すべきじゃなかったって言っても、今さら仕方のないことなんじゃないか?」
「そうだな」
 ウェイは続く言葉をゆっくりと口にした。
 いつか誰かに届くことを願っているかのように。
「だからこそ、このままなかったことにして忘れちゃいけないんだと思うよ」

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